HIGH-GEARed AW11購入後の足跡


現在の愛車の購入時から現在までを写真で振り返ります。下へ行くほど
過去のすがたをおさめた写真を掲載しました。

主に外装のモディファイとレストアについてですが、興味がございまし
たらご覧ください。





2005年1月、車検と同時にオーバーフェンダーの構造変更の公認を取得しました。
それと前後してフロントウインドウステッカーおよびドアステッカーとウイングのステ
ッカーを剥がし、外観的には全塗装直後の状態に戻りました。 ドアのステッカー
を剥がす際には塗装も同時に剥がれてしまうアクシデントが発生したため、DIY
エアブラシ塗装で補修しました。10cmまで近接しても分からない改心の出来です。



8月には、以前所持していた白金AW11時代に新品購入し、6年近く使い続けた
愛着あるアリタスピートのレーシングドアミラーをクラフトスクエアのドライカーボン
タイプに交換しました。本来はアルテッツァ用のワケアリ新古品(説明書がなか
ったという理由で定価の1/4で入手できました。)だったのですが、ベースの加工
だけでAW11のミラースペースにピッタリ収まりました。ミラー本体は本物のレーシ
ングカーに使われているものと全く同じでとても気に入りました。ほぼ同時期同時
にレプリカステッカーをドア周りに貼るなどして、再びレーシールックスのモディ
ファイを行いました。




2004年夏、大森メーター故障から夏に備えて追加メーター類を一新しました。
メーカーはDefiで統一し、リンクメーターからターボ計、回転計を導入し、油脂
コンディションの把握のためのメーターはDIN-GAUGEを採用してオーディオ
スペースに収納しました。性能はもちろん、見た目もすっきり落ち着いてお気に
入りパーツのひとつとなりました。ほぼ同時期にリアウインドウをアクリル化し、
前後とも運転席から望む風景はかなりイメージが変わりました。



2004年5月〜8月までのトップ画像です。見てのとおり、2枚下の写真と全く
変わっていません。外観は2003年秋から2004年夏まではまったくいじることは
ありませんでした。また、この頃から大きな貯金を始めたことも手伝って、外
装以外に内装なども含め、比較的予算に余裕ができるまで約半年間、ほと
んど手をいれることはなく、一時的なモディファイ中止期間となりました。



2004年2月、内装パーツとしてクイックリリースボスを取り付けました。以前
から導入を熱望していたもので、下調べには数年を費やしました。ステア
リングをワンタッチで外せるようにすることで、乗降性の向上と盗難防止の
効果を持たせることができます。購入直後は家を出る際によくステアリング
を忘れて出るなどの失敗をおかしてしまいました。



その後、ホイールとロールバーを艶消しブラックに自家塗装し、ウイングの
メインフラップを白くするなど、細かい部分で色のバランスをまとめました。
シートを左右ともブラックでシートバックのデザインを統一し、(ナビにSparco
事故新古品導入)シートベルトもSabelt(ナビ側中古)で左右揃えました。

およその調整は2003年10月頃に完了し、この写真は2004年一月撮影です。

2003年11月の全国MR2ミーティングではモディファイコンテスト外装モディ
ファイ部門優勝で優勝の栄誉を頂きました。



↑6月22日、はじめてこのカラーを紹介した時の画像です。色についての
解説はカラーリングについてのコンテンツに掲載しました。



↑2003年6月9日、全塗装作業が完了しました。この写真は翌10日に撮影
したものです。



全塗装直前にマッドウイングをRAYJACKさんに購入して頂き、C-WESTの
2段式ウイングに交換し、フロントフードのエンブレム穴とトランクの
純正リアスポとりつけ穴を自分でパテ埋めしました。ウイング交換の
際にセットで交換となったトランクはSIMASIMAさんがストックしてく
ださっていたものです。ここまで来るのにはたくさんの方のお力添え
があってのことで、感謝の気持ちで1杯です。これは入庫する当日撮影
された最後の白い姿です。



2003年5月。リンク先のAW11サイトの管理人、KIMIさんに製作をお願い
していたシュノーケルダクトが完成し、オーバーフェンダーを取り付
けました。このバーフェンは右フロントのみ、KIMIさんが以前使用さ
れていたWEST YOKOHAMA製で、残りの3枚は涼介さんが使用されていた
VERTRINO製です。メーカーは違えどデザインは全く同じなので違和感
はありません。割れは自分でFRP補修しました。VERTORINOのものは涼
介号に装備されていた時の塗装のままです。



2003年3月、テールレンズとセンターガーニッシュを後期型純正から前
期型純正に交換しました。パーツは何故か前からもっていた前期型レン
ズを使用し、ソケットとセンターガーニッシュは解体屋にあった前期型
のAW11から外して購入したものです。そのままでは芸がないのでボディ
同色に塗装してから取りつけました。



2003年新春に撮影。場所は宇治川ラインです。ボディ全面を研磨し、ワ
ックスがけをした直後なので040スーパーホワイト2独特の漂白したよ
うな白さが際立ってますが、塗装の状態はもはや最悪に近く、いくら
磨いたところで全くといっていいほど艶がありません。問題は表面的な
美しさだけにとどまらず、塗膜剥がれやサビなど各部に深刻な被害が
起りはじめてました。全塗装(オールペン)を真剣に考えるようになった
のはこの頃あたりからだったと思います。ちなみに車検は1月だったの
ですが、当時ほぼこの姿のまま車検を無事クリアしました。



2002年冬に撮影。ステッカーを全てはがしました。なかなか上品なル
ックスです。(笑)ナビシートのレカロLXはOOHASHIさんに譲って頂いた
もので、こういうアングルの撮影だとヘッドレストのデザインが強調
されるのでお気に入りの写真でした。しかしステッカー剥がしには事故
が続出!ちゃんとワクシングをした上にステッカー貼付を施工したにも
関わらず、HIGH-GEARed所有以前の板金補修塗膜があまりにも弱く、塗
装の一部がステッカーと一緒に剥がれ落ちてしまいました。



2002年11月のMR2ミーティングの時の写真。ステッカー貼りまくり仕様は
それなりに人目を集めていましたが、賛否両論といったところでしょう。
(笑)この角度だとダイヤゴナルバーが逆向きについていることがわかり
ますが、これは左ハンドル風に見せたいというミーハーな気持ちでやって
いただけのことでした。



2002年10月。この状態でカフェーレーサー仕様完成です。この状態で街を
走ると目立ちまくりでした。(笑)バンパーがノーマルフェイス&バーデ
ィクラブリップからウエストヨコハマのフルバンパーに交換されました。
ウエストヨコハマのエアロはVertrinoのエアロと同じデザインですのでま
ったく違和感がありません。こちらのバンパーは新品で、やはり納品まで
1ヶ月程度の時間を要しました。ルックス的にはサスガに同じデザインで
揃っただけあって、バーディーのリップの時よりスッキリとムリがなくな
りました。マフラーをBORDER304からデクノ棒マフラーに交換したのもこの
頃です。



2002年8月。ここでHIGH-GEARed AW11のイメチェンがどんどん進みました。
神奈川のAW乗りの涼介さんがAW11を降りてしまわれるということで、余っ
たエアロを売却するという話がきたことを受け、Vertrinoのサイドステッ
プとリアバンパーを装着しました。塗装はKIMIさんのつてでプロに塗装
して頂き、カラーもばっちりあってます。ステッカーチューンは更に過激
さを増して、かなりレーシングカー然としてきました。このステッカー
は雰囲気的には良いのですが、洗車の際に邪魔になり。非常に苦労します。
サイドのモールはエアロとのマッチングがよくなかったので苦労しては
がしました。



2002年7月。ボンピンにロールバーと、レーシーなモディファイが勢いに乗
ってきてしまってカフェレーサーを気取ってみたくなり、ゼッケンやボ
ンネットステッカーをカッティングシートで自作してみました。フロン
トボンネットの『IMVEST』のロゴはFIA GTチャンピオンシップのFERRARI
550ミレニオをモデルにしたものです。



春の走行会後、ロールバーを新たに組みなおしてみました。あと、必要
がないのに何故かボンネットピンが追加されています。(笑)車両購入時
の前オーナー自作ロールバーはデザイン製重視のもので強度を出すのには
向いてなかったので、クスコのクロモリロールバーの導入です。後で気
づいたのですが、この時のフロント4点式の購入価格を販売店がリア4点
式の価格と勘違いしていたらしくて、結果的に破格でこのハイパフォー
マンスな品をゲットすることができました。



2002年初旬にはフロントガラスにボディ同色のサンシェードを作って見
たりしました。春にはこの車両購入後はじめてジムカーナに参加しました。
ブランクがあったので上手く走れるか不安でしたが、想像以上にうまくいき
ました。走行前にいろんなアライメントを試していたのですが、最終的
に決めた数値にドライブオンテスターであわせたみたらこれがバッチリ。
安定感のある仕上がりとなって大満足でした。



ナンバープレートは左側にオフセットしたのですが、使用したパーツは
元AWオーナーで現SWオーナーのカーダさんから譲って頂いたものです。



月ヶ瀬村の橋の上で撮影した1枚。この頃はHIGH-GEARed AW11のスタイ
リングはこれで完成と思ってました。



リトラクタブルヘッドライトのポップアップ。このヘッドライトのカバ
ーの黒い部分はこの直後にボディ同色の白に塗装しました。



2001年10月。はじめて参加したMR2ミーティングでの姿。


2001年秋頃撮影。モーターランド鈴鹿での姿です。中古でOHLINSの車高
調を入手したばかりだったので嬉しかったのか??調子に乗って下げす
ぎてます。(笑)これくらいの車高短でも特別扱いづらいというわけでも
なかったのですが、その後安全マージンをとって車高は上がる一方とな
りました。でもこの時のスタイリングは今でもとても気に入ってます。
変に肥大化してなくて、AWの良さが程よく強調されてシャープに見えま
すよね。



2001年秋、左フロント以外のフロント周りの破損を修復。中古で購入
した純正バンパーフェイスに交換すると同時に取りつけ部が分断して
いていたリップスポイラーをバーディクラブのFRP製のものに交換し
ました。純正より少しだけ前にでた控えめなデザインで、純正より価
格の面でもオトクです。注文してから手元に届くまで1ヶ月半ほどの
期日を要しました。



その後、ウイングは自家塗装で白に塗り換えられました。しかしフロ
ントはまだダメージが痛々しく残っています。



2001年夏、エンジンを白金AW11に搭載していたものに載せ換えました。
リアビューにワンポイントのアピールが欲しかったのでチャージスピ
ードのマッドウイングを装備。ウインカー周りをボディ同色にするな
どの小技をしています。この頃は控えめのルックスでまとめようと考
えていたため、ウイング幅も1450mm、高さも一番低いものをチョイス
しています。カラーは当時シルバーのアルミ地剥き出しでした。



続いてタイヤ、ホイールを交換。フロントのTE37は白金AW11に装着し
ていたのもので、リア用には新たに16インチのものを導入しました。
こちらの写真では白いホイールですが、後にフロントと同様にベージ
ュメタリックに再塗装されました。



ナビ側も同じく内装を移植。白金AW11の内装がそのまま移植されました。



車両が到着して最初にやったのは車内のレストアです。内装は全て剥
がされ、アスファルトシートも剥がされている内装はなかなかワイル
ドです。(笑)しかし、もうすこし落ちついて乗れる仕様としたかっ
たのでストックしてあった内装を取りつけました。内装はカーペット
なども含めて水洗い、洗剤ブラシ洗いをした上でシリコン系コートを
施して出来る限りのレストアを行って取りつけました。



下の画像では一見美しいボディコンディションに見えるのですが、
細部を見ると結構ダメージがあります。フロントは左右ともにクラッ
シュしたままの状態でサビも発生し、リップスポイラーは真中のとり
つけ部分が割れて垂れ下がった状態になってます。サイドミラーもDIY
でテキトウに塗装した痕があってほとんどが剥がれ落ちてしまってます。



こちらは車両を購入した帰りしなに撮影した画像です。榛原まで近鉄
電車で向かい、バスで曽爾村のガソリンスタンドにある車両を引き取
って自走で帰りました。当時のスペックはショックにKYBクライムギ
ア、RS☆R HDサスペンション、マフラーに5ZIGEN BORDER304、前オー
ナーの自作ロールバーという内容でした。前オーナーはサーキット走
行が趣味の方で、このAWは半年くらい維持しておられたそうです。



2001年6月 白金ツートンのAW11以来の新たな愛車として、Yahoo Auction
によってこのAW11を落札しました。この画像はまさにそのオークショ
ンに掲載されていたそのままの画像です。しかし当時、AW11の価格は
漫画の影響などで比較的に高揚している最中だったとあって、5MT、
ノーマルルーフの車両探しにはかなりの苦労がありました。このAW11
は内装なし、サビありという状況にも関わらず、現在の感覚では割高
な25万円の落札価格となったのですが、前オーナーがHIGH-GEARedと同
じ奈良県民だったこともあって登録手続きが比較的に楽だったことと、
内装パーツなどのストックを持っていることもあって、内装レスとい
う問題は最初から問題とはされませんでした。






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