2002年、3月2日今井科学、最期の木製模型展示会




2002年、3月2日。この日は近年、国産木製模型メーカーとしてほとんど唯
一無比の存在だった今井科学が同社自慢の木製模型の展示、即売イベント
を行う予定の日でした。

模型店には広告が貼られ、HIGH-GEARedもこのイベントを以前からとても楽
しみにしていました。

しかし、2月の半ば、非常に残念なことにこの今井科学の倒産が決まり、
いちモデラーとして(特に船モデラーとして)大変ショックに思うと同時
に、このイベント自体が実際に開催されるのかどうか不安に思ったもので
すが、主催側に問い合わせたところ、イベントは問題なく行われるとのこと。

しかし展示、即売会以外に予定されていた木製帆船模型の制作実演など
の余興はキャンセルになってしまったとのことでした。

イベントを楽しみに思う気持ちと、いったいどういう事態になっているの
かと不安に思う気持ちとが入り混じった複雑な心境で日本橋の展示会場を
訪れたHIGH-GEARedの目の前には、展示品となる予定だったカタログモデル
が無残にも、あってないがごとくの低価格で売りに出されていく姿が飛び
こんできました。


注:この画像はIMAI、展示場の許可を得て撮影したものです



売りに出されていくカタログモデル(帆船模型編)

会場に入場して最初に目に飛び込んできたのがこのチラシ。今井科学倒産
のウワサは耳にしていましたが、こうして目の前に事実をつきつけられる
と、さすがにショックでした。



これは今井をはじめ、海外のメーカーからも多数モデル化されているゴー
ルデンハインドの1/50スケールモデルです。1500年代、フランシス・ドレ
ークがスペインや財宝船を次々に襲う略奪航海を続け、世界一周までして
しまったというガレオン船で、イギリスでレプリカ船が建造されました。



船首部分のクローズアップ、明り取りの天窓の網目状態が良くわかります
手書きの舷窓にも違和感なく、ロープワークも丁寧に仕上られており、職
人のワザを随所に感じることができます。



船尾部分のクローズアップ。この時代のガレオン船の特徴であるせりあが
った船尾と居住区の様子をうかがいしることができます。木製帆船模型で
は大抵このように船尾を派手な装飾で飾り立てるのですが、実際の考証で
は船体は黒スミで保護されていてもっと地味な色だったとも言われています。



この海王丸は木製帆船ではなく、なんとプラスチック製です。プラスチッ
ク帆船模型は、エアフィックス社などから発売されていますが、キットの
出来は今井製が一番です。



中央部分のクローズアップ。プラ製とはとてもおもえない精密かつ重量感
のある仕上がりです。キットの出来はもちろん、舷窓も一個一個丹念に塗
装されていて素晴らしい完成度を見せています。



中央構造物。大スケールの艦船模型は、いい加減に完成させると全体的に眠
いしあがりになりがちなんですが、この海王丸はキット、製作ともども均
整のとれた素晴らしい仕上がりです。インジェクションキットだけでも金
型を引きついてくれるところはないのでしょうか?



これは日本海軍(旧幕府軍)最初の軍艦、咸臨丸(ヤパン号)です。日本
の歴史を学んだ人なら誰でも知ってる勝海舟が艦長として乗艦して指揮を
とりました。



咸臨丸の煙突。咸臨丸は幕府がオランダに発注して作らせた木造船体の気
帆船で、日米通商条約交換使節団を乗せ、サンフランシスコまでの航海を
行いました。



帆船マニアにとってはあまりにも有名なカティー・サークです。19世紀後半
に活躍したティークリッパー船で中国から茶を運ぶ目的で建造され、帆船
時代の最期を飾りました。同名のウイスキーはこの船を記念して名付けら
れたもので、スタイリッシュな船容に人気があります。



こちらはイマイの新製品だった忍路丸(おしょろまる)です。1907年に建
造された北海道大学の練習帆船で後に日本少年団海洋部練習船として活躍
し、お召し船として航海をしたこともある隠れた名帆船です。



こちらの船は純和風。千石船や屋形船、さらには宝船や神輿など、模型フ
ァンならずとも魅力的な縁起の良い木製模型も多数展示されていました。



こちらは大スケール、1/80の新日本丸です。日本丸の伝統を受け継いだ、
とてもうつくしい船容ですね。キットは3年の研究、開発期間を経てリリ
ースされた今井を代表するキットのひとつでその部品数は、木製部品496
点、金属部品4000点にものぼります。



こうして見ると、乗船できそうな気分にさえなってきますね。木製帆船
模型の一番の魅力は、まるで原型をとどめていないキットの木材を実船
と同じ構造で組みたて、建造していくことにつきるとおもいます。インジ
ェクションキットのほとんどは、箱を開けると船体が顔を出しますから
誰が作っても同じですが、竜骨に木片を張って組みたてていく木製模型の
場合、三者三様の船体が出来あがっていきますからね。




売りに出されていくカタログモデル(建築模型編)

イマイ科学といえば、忘れてはならないのが木製建築模型。良質な檜材を
ふんだんに使用した木製建築模型のパイオニアとして模型史にその名を輝
かせてきました。この写真は1/75宇治平等院鳳凰堂です。HIGH-GEARedは
宇治市にある立命館宇治高校の出身だったこともあるので とても身近な
建物のひとつといえます



これはどこの塔と鐘つき堂でしょうか?総合カタログに掲載されていない
ので新しいキットか絶版のものと思われます。これらの建築模型が市場か
らなくなっていくのはとても悲しいことですね。



法隆寺の全景モデルです。建物ひとつひとつではなく、こうした全景を再
現したものはとても貴重ですね。世界最古の木造建築物として有名で、聖
徳太子が開いたお寺と言われています。ちなみにHIGH-GEARedは奈良の名寺
の家系を組んでいるのでこの法隆寺さんとも遠縁にあたります。


法隆寺の金堂を再現した精密モデル。五重塔と同じく世界文化遺産に登録
され、その構造美である卍崩しの高欄、屋根を支えている支柱に絡む竜の
彫刻を見事に再現した今井のキットは同社の代表作品として長年愛され続
けてきました。



同じく法隆寺の五重の塔です。今から1500年も昔にこれだけうつくしい建
築物を作る技術があったとはただただ驚くばかりです。キットの製作参考
時間は約500時間となっています。これらの模型は根気が勝負なだけに、完
成した時の感動はひとしおでしょう。ちなみにHIGH-GEARedが最も好きな塔
は薬師寺にある六重塔に見える三重塔(東塔、西塔)でイマイからもリリー
スされていました。



この屋根の裏側部分の作りこみをみてください。実際の空の下での撮影だ
ったら実物と見まごうばかりの写真になることでしょう。製作中は一流大
工になった気分が味わえそうです。



こちらは陽明門です。実物のような煌びやかな色あいも見事ですが、こう
した木の地肌が生きたモデルも味わいぶかいものがありますね。



こうして、計らずも今井科学最期の展示会になってしまった今回の即売会
を見終わって、僕はとても会場から立ち去り難い気分になりました。


大抵の模型店で、看板商品のごとくショウウインドウに飾られていた木製
帆船や建築模型、これらの完成品をみることはこれからほとんどなくなって
しまうのかとおもうと残念でなりませんでした。

木製帆船模型メーカーとして、国内唯一のものであったことはもちろん、日
本の伝統文化や建築美を後世に残していく役割を担うことで日本の伝統文化
そのものにも貢献していた偉大な模型メーカーの倒産は、多くのモデラー達
にショックとして伝わったと思います。

インジェクションキットメーカーの多くは、倒産のあと金型引継ぎなどによ
り、以前とは違ったメーカー名で再び会うこともかなったわけですが、量産
の難しい木製キットをメインとして開発していた今井科学も木製キットは、
もう市場に流れることはないのでしょうか?

イマイが倒産してしまった今、木製模型業界の現状はとても厳しいものにな
ってしまったわけですが、いつか、また再び会える時が来るように祈りたい
です。 今井科学さま、今まで本当にありがとうございました。




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